世界の賢人たちが描くAIの未来予測、12人目。AI開発の最前線にいながら、「今のAIの延長ではAGIに届かない」と明確に異を唱える研究者がいます。Metaの元チーフAIサイエンティストで、現在は自らの新会社で独自のアプローチに挑む、ヤン・ルカン氏です。
ヤン・ルカンとは
ヤン・ルカン氏(1960年〜)は、フランス出身のAI研究者です。ニューヨーク大学の教授を務めるかたわら、Meta(旧Facebook)のチーフAIサイエンティストとして長年AI開発を牽引してきました。2025年11月にMetaを離れ、自ら提唱する「ワールドモデル」を開発する新会社AMI Labsを設立しています。
2018年には、ジェフリー・ヒントン氏、ヨシュア・ベンジオ氏とともにチューリング賞(コンピュータ科学のノーベル賞と呼ばれる賞)を受賞。ディープラーニングの基礎を築いた三人のうちの一人です。
「LLMの限界」——今のAIに足りないもの
ルカン氏の主張は、AI業界の「主流」とは大きく異なります。
ChatGPTに代表されるLLM(大規模言語モデル)は、テキストを大量に学習して「次に来る言葉」を予測する仕組みです。この方法で驚くほど自然な文章を生成できるようになりましたが、ルカン氏はその限界を指摘します。
言葉を並べることと、世界を理解することは、まったく違う——というのが彼の主張です。
| 今のLLMにできること | 今のLLMにできないこと |
|---|---|
| 自然な文章の生成 | 現実世界の物理法則の理解 |
| 質問への回答(テキストベース) | 「コップを倒したら水がこぼれる」といった常識的な因果関係の推論 |
| 翻訳や要約 | 未知の状況での計画立案 |
ルカン氏は、LLMをいくらスケールアップしても、この根本的な限界は超えられないと考えています。
「ワールドモデル」——次のAI革命
では、AGIに到達するには何が必要なのか。ルカン氏が提唱するのが、「ワールドモデル(世界モデル)」という考え方です。
人間の赤ちゃんは、言葉を覚える前から「物は落ちる」「隠れたものはなくならない」といった世界の法則を学んでいます。AIにもこのような、言葉ではなく「世界そのもの」を理解する仕組みが必要だ、というのがルカン氏の主張です。
ルカン氏はまた、「AIは人類の脅威だ」「開発を止めるべきだ」といった意見にも強く反論しています。AIの危険性は誇張されすぎており、正しく開発すれば人類にとって大きな恩恵になる——そう明言しています。
AI業界の「主流派」とは異なる道を堂々と歩むルカン氏。ディープラーニングの基礎を自ら築いた人が「まだ足りない」と言っている——その言葉には、独特の重みがあります。
ひとこと
「言葉を並べることと、世界を理解することは違う」——なるほど、と思いました。ChatGPTがどれだけ上手に文章を書いても、「コップを倒したらどうなるか」を本当にわかっているわけではない。私たちが「すごい!」と感じていることと、「本当の知能」のあいだには、まだ大きな溝があるようです。
次は、AIによる科学的発見の加速を体現した人物です。AlphaFoldでタンパク質の構造予測を実現し、ノーベル化学賞を受賞したGoogle DeepMind CEO、デミス・ハサビス氏を見ていきます。
参考・引用元
- Yann LeCun “A Path Towards Autonomous Machine Intelligence” 2022年(ワールドモデルに関するポジションペーパー)
- 各種インタビュー・講演(Lex Fridman Podcast ほか)
※本記事は、公開されている著書・資料をもとに、その内容を要約・紹介したものです。予測はあくまで各人物の見解であり、将来を保証するものではありません。
